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Reading: 新しい中世*
Listening: Raindrop Postlude (Inspired by Chopin's Raindrop Prelude, Op. 28 No. 15) - 角野隼斗
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今週書いた記事
The Wrap は個別の記事を包み込む要素を探る試みです。
変化の激しい世界では反応をしないことは非常に忍耐がいる行動です。どれだけインプットを遮断しても、刺激がないことそのものが私たちを刺激します。
たとえば植物たちは何も語りません。しかしある日突然一斉に芽吹き、蔦を伸ばし、花を咲かせ、実をつけます。それは外側から切り開かれるわけではなく、内側からのエネルギーによって殻や皮膜を打ち破ります。
そう捉えると、沈黙とは何もしていないことではなく、徹底的で非線形な行動であると言えます。表面上は何も起きていない物事でも、内側を観察すると形態が変わるようなラディカルな事象が巻き起こっているかもしれません。
衣・食・住に続く4番目の生活技術に「観察」があり、明治期以前の農村の子どもは”天然”の友達、つまり野鳥や動物などの生活圏の自然を、概念よりも先に「観察」から学んでいたのだ、ということです。
愛読してる WORKSIGHT にはこのような記述があり、かつて観察は生活の一部であったようです。
つまり、私たちが何も起きていないと誤った判断をしてしまうのは、単に観察の能力が足りていないからでしょう。能力が足りないということは、知識・経験・技術が不足しているということです。
激しい動きに注意を奪われるのではなく、沈黙する。そして観察する。そうすると観察が単なる沈黙ではなくアクティブな行動であるとわかるはずです。身の回りの沈黙を探して観察する練習をしましょう。空の雲を眺める。観葉植物を観察する。目を閉じて呼吸や指先の体温を意識してみる。
最も身近な沈黙は自分の心や身体です。そこには思ってもいないエネルギーが蠢いているかもしれません。
庭を訪れる生き物や育てている植物から学ぶ非線形な変化からは、世界の予測不可能性も学べるでしょう。世界や身の回りの出来事に反応せずとも、自身の内側を観察することは、未知の価値や変容の可能性を見極めるための手段になるはずです。
- Tora
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