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Reading: WORKSIGHT 25 アジアのほう
Listening: String Quartet No. 21 in D Major, KV 575 - Barbican Quartet
Watching: ナイトエージエント S3E2
#55, 56 で書いたように、AIは時間を奪い去り、判断疲れを生み出します。それに対して、個人は何ができるのでしょうか。
AI の効率化の最大の問題は、AI に投入する電力や時間といった資源が最大化されることです。個人レベルで電力を気にするのはローカルマシンで LLM を稼働させるひとだけなので、あまり気にしなくて良いと思いますが、単純に太陽光パネルの設置などで済みそうです。
時間についてはジェヴォンズのパラドックスで述べたように、テクノロジーの性質から投入量の拡大は避けられそうにありません。
ある資源の利用効率が高まると、消費量は減るどころか、かえって総消費量が増加する。
なぜ大切な時間を AI に最大限使ってしまうのか。それは、自分の中の理想、完璧さを求めてしまうからではないでしょうか。自分の中の正解、納得、欠陥のなさ。こうしたものを効率良くつくれてしまうために、時間をたくさんかけてしまいます。
もし仮にすべてをそこそこの品質で抑えることができたら、納得できないものを出して良いなら、少しの欠陥が問題ないのであれば、利用効率を最大化しなくて済むかも知れません。
たとえば漢字の異体字はほとんどコンピューターで使われません。異体字は文化の豊かさを示すものですが、使わなくても品質に問題ありません。活版印刷が出てきたとき、手書きのような豊かさがなくなった代わりに、効率的に文字が使われることで知識の流動性が高まりました。AI による知識の流動性にも、同様のことが起きるかも知れません。
建築家ではなく、庭師のように考える。つまり、終わりではなく、始まりをデザインする。
AI の出力を完璧にしようと時間をかけるのではなく、80%の完成度で満足する。多少のアラは受け入れる、資料の体裁を整えすぎない、推敲の回数を制限してしまう。
予測不可能性という気味が悪く、緊張感をもたらす言葉は、庭というメタファーを使えば、雨や風、日照りといった気候や、蝶や蟻や小鳥といった生き物のようなものであると捉え直すことができます。
そしてそこから派生して生まれる物事をガーデニングのように楽しむ、花のひとつひとつのクオリティではなく、全体の調和を求める。効率性と完成度を手放すことが、時間と健康を守ることになるかもしれません。
- Tora
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