
Status
Reading: 新しい中世
Listening: NO GOOD - XG
Watching: The RIP
客観性をもて。そう言われるたびに、自分の能力が劣っているような気分になります。視野が狭く、考えが浅く、配慮が足りていないのだろうなと感じてしまいます。
かつて読んだ『14歳からの哲学』では、自分がいなくなったら、世界もなくなるということが書かれていました。客観性をもてということを言われるたびに、どうやったら客観的になれるのだろうと考えていました。
一方で、客観的な発言、視点、文章というのはなぜかその瞬間に理解ができます。この人は主観的な判断だけでなく、客観性ももっているのだなとわかるのですが、いざ自分が行動しようとすると、一方向からの視点、柔軟性のない考え方、決めつけるような意見が出てきてしまいます。
これは私の特性かもしれませんし、単なる訓練不足かもしれません。ですが、私が大切にしている言葉にこんなものがあります。
無理をしないから無理じゃない
これは主人公の麻倉葉の発言で、無理をしなければなんだってできるという不思議な言葉です。私は自分を無理やり変えるよりも、無理をしないで何ができるかをよく考えています。
客観性についてはこう捉えました。完全な客観性は誰も持てない。客観性をもて、という発言は「私の主観を想像しろ」という意味だと。
そして客観性を、想像できる限りの主観の組み合わせと、その組み合わせからつ
くれる別の主観のことだということにしました。
そう考えると、客観的な人は、誰よりも主観の量をたくさんもてる人なのではないか。そして、客観性をつくるにはたくさんの主観的な行動が必要だということです。
客観性は、自分で考え、行動した積み重ねが作り出すと考えています。
- Tora
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