
Status
Reading: 新しい中世
Listening: Heisei Imokempi Ondo - Analogfish & moools
Watching: 呪術廻戦S3E4
多様性を保ちつつ、誰もが快適に、皆が望むことに取り組むために、何をするのが良いのでしょうか。
私たちは日々、ルールを守り、マナーを備え、モラルを発揮して生きています。一人でいるときですが、私たちはルールをつくります。カップヌードルのお湯は少なめ、居酒屋ではお茶割りしか頼まない、ゲームは1日1時間。これは強制されるものではないので、破ったところで何も起きませんが、たとえば法律というルールを破れば、社会を復旧させるための行動が求められます。『ゼロの未来』予告編という映画では、公園で問題が起きないようにあらゆることが禁止されていました。問題が起きるとルールで対処したくなりますが、多様な社会での問題について、私たちはどこまで想定し、対処しないといけないのでしょうか。
マナーについてはどうでしょう。マナーを問われるときは、他人への迷惑をかけないようにする作法です。電車で通話をしない、映画館ではスマートフォンの電源を切る、食事の作法もマナーといわれますが、他人に不快な思いをさせないというのがマナーのイメージです。ですが、他人の通話を不快に思わないひともいます。通話をしているとマナーだからやめてほしいと言われるカフェもありますが、これは実質的にルールです。
ひとそれぞれの不快さを事前に決めているのは奇妙です。また、不快に思うひとが周りにいないとき、マナーを守る必要はあるのでしょうか。人の目がないとき、マナーは機能を失います。
モラルはルールの際限のなさや、マナーの曖昧さを回避します。
マナーが他人の目を気にする作法だとしたら、モラルは、自分自身への誠実さを保つ技術です。誰も見ていない場所で、誰にも褒められない行動を選ぶとき、私たちはマナーではなくモラルに従っています。
多様な社会においては、それぞれがモラルを持つことが必要になるでしょう。 それは、一律のルールを増やすことではなく、あるいは「普通はこうするべきだ」という曖昧なマナーを押し付けることでもありません。目の前の他者が自分とは異なる背景を持っていることを想像し、その時々で、最適でしなやかな振る舞いを自ら導き出せること。
ルールが起きた失敗から作られるのに対し、モラルは未来の信用のために発揮されます。モラルは、複雑で液状的な世界でのマップになりえます。
モラルは誰も見ていない場所で発揮されます。 たとえば、自分が捨てていないゴミを拾うこと。酔い潰れている知らないひとに水をあげること。乱れている書店の本棚を整えること。『20世紀少年』で描かれた、誰もいない雑貨店で支払いすることがわかりやすいかもしれません。
誰かに不快感を与えるからではなく、そうしなくてはいられないという、自分自身への問いかけがモラルです。ルールの網の目をくぐり抜け、マナーの死角に立たされたとき、最後に私たちを律するのはこの内なる声だけです。
多様な社会では、あるひとの正解が、別のひとの不快になりえます。それをすべてルールで禁止すれば、世界は『ゼロの未来』のように息苦しい檻になるでしょう。 モラルは、その衝突の間に置かれるクッションです。
相手が自分とは違う背景に生きている前提で、お互いが傷つかないやりとりを探ること。 自分の希望と、世界への理想のバランスを求めるメタ視点を持つこと。モラルを持つことは、多様な世界での生活技術です。
- Tora
私たちが “もっているものでうまくやる” には、少しずつ自分の世界を広げ、自分自身を理解し、思いがけない組み合わせを試してみる必要があります。これらは、そのプロセスの様子です。📮質問・感想はこちらからどうぞ!
もっと楽しみたい方は Webサイトにどうぞ!
🎙️Podcast や 👾Discord、🎧Apple Music でプレイリストも公開しています。
Do well just as you are.
d16e.com
リンクに * がついているものはアフィリエイトリンクを使用しています。このリンクを使用して商品を購入すると、売上の一部が収益となり、このニュースレターの継続的な運営を支えます。アフィリエイトリンクによる価格への影響は一切なく、通常と同じ価格で購入可能です。

